Kasumi ONLINE
見やすさに厳しい女子大生ブロガー

「やればできる」というのは、とんでもない思い上がり。と彼女は言う。

【2018.8.5】

今回は、ある本を読んで得た金言をシェアします。

読んでほしい人

  • 無理して頑張ることにつかれた人
  • やればなんでもできる!」って考え方が浸透している人

もし良ければ、続きを読んでみてください😆

「やればできる」というのは、とんでもない思い上がり。

曽野綾子さん、ご存じでしょうか?

この方かなりすごい人なのですが、彼女の説明は後々しますね。

まずは、この言葉が持っている意味について見ていきます。

やればできる」…現在は挑戦していない、あるいは本気で取り組んでいないために出来ていないに過ぎないさまを意味する語。

weblioの実用日本語表現辞典を参照。

そう!「やればできる」って、

もしやったら出来ちゃうもんね~!

いまはやってないだけだもんね~!

そんな意味です。

でも曽野さん、それを否定しています。

すべての人には、努力によってその人の可能性を広げることができる部分も確かにあるが、その程度は限られている。「為せば成る」などというのは、ひどい思い上がりである。

曽野さんによると、

努力などの“自分がどうにかできる範囲”だけで、なにかを成すことは出来ない。必ずできることの限度があるのです。

そして曽野さんはこうも言ってます。

限度は少しも惨めなことではない。その人が何をして生涯を生きるかには、その人が望む部分と神によって命じられる部分とがある。その接点で生きるのが、一番いい生き方なのだ。

曽野さんは、キリスト教に深く関わっている人であるので“神に命じられる”という言葉を用いていますが、

わたしはこの点を、“神に命じられる”という点を“運命によって決められる”って変換してもいいと思います。

なりたい自分になるための“努力”+“定められた運命”   =自分の人生

こういった式が成り立つとしたら、

今の自分はもっと肩の荷を落として、楽に生きてもいいんじゃないでしょうか?😆

私は就活で、漠然と「広告業界ではたらければいいや!」という

ゆるーい目標としました。

電通でも博報堂とか、学歴フィルター強めな企業じゃなくても

身に付けたい技術を習得できる場所ならどこでもいいって思っていました。

(なんかわたしの個人情報が絞られちゃいますね。(* ̄∇ ̄*))

今となっては、この就活での考え方が

自分の“努力”+“定められた運命”=自分の人生

という考え方に、いい意味で通じているんじゃないかなって今は思ってます。

 

曽野綾子さんってどんな人?

「やればできる」というのは、とんでもない思い上がり。

そういう彼女は、どんな人なんでしょうか?

こんな方です!

曽野綾子プロフィールより)

わたしが調べたところによると、

  • 1931年東京都生まれ。(今年で87歳
  • 本名は、三浦知壽子さん
  • 聖心女子大学卒
  • カトリック教徒
  • 作家(小説、エッセイなど)

著作として、芥川賞候補となった「遠来の客たち」や「木枯しの庭」、「神の汚れた手」などの小説があり、エッセイもかなり多数である。

  • 1979年 ヴァチカン有功十字勲章受賞
  • 2003年 文化功労者
  • 1995年~2005年 日本財団会長を勤める

と、様々な活躍が目に留まりました。

ちょっと、ヴァチカン有功十字勲章受賞でGoogle検索したんですけど

これについて詳しい説明なかったんで、こんど本を探してみます😰

(というか、曽野さんかなりアンチがいるみたい(* ̄∇ ̄*))

文化功労者とは、

文化功労者…日本において、文化の向上発達に関して功績が顕著である人を言う。文化勲章よりも多くの人が選ばれ、文化勲章に次ぐ栄誉となっている。現在、900人弱の方が文化功労者として定められている。(wikipediaさんを参考にしました)

日本財団って?

日本財団…競艇(ボートレース)の収益金をもとに、海洋船舶関連事業の支援、公益・福祉事業、国際協力事業を主に行っている公益財団法人のこと。

wikipedia参照、ツイッターアカウントはこちら

日本財団についてぜんぜんしらなかった~(´▽`)

この大きな団体の会長を、彼女はやっていました。

かなりすごい人だけど、この経歴で「やればできる」精神を貫いてないと考えると、

自分が出来うる“努力”をたくさんして、

“運命によって決められた”ものを受け入れて至ったんじゃないかな、と思います。

 

そんな彼女について、知れる本

そんな彼女と、彼女の金言を知れた本と言うのが

この「人間の分際」(幻冬舎新書、2015)

 

最後に・・・

無理して頑張ったって、なりたい自分になれないのかもしれない。

それは“運命によって決められた”方向性とすこし違っていたからなんだと、

わたしはこの本から考えました。

すこしくらい、その運命ってやつに流されてもいいんじゃないでしょうか?😆😆

 

興味があれば、是非読んでみてください👌